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第14話 県共闘結成と「部落地名総鑑」事件

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◆日本共産党との対立
一九六九年三月に大阪市内で起きた矢田教育差別事件、一九七〇年の差別を助長する映画『橋のない川(第二部)』(監督・今井正)問題や、同和対策事業並びに同和教育の進め方をめぐり理論的な対立を深めていた部落解放同盟と日本共産党が、一九七四月一一月に兵庫県で起きた八鹿高校差別教育事件の対応をめぐり全面的に対立することになる。

同時期、部落解放同盟から一九六九年一〇月に分裂した部落解放同盟正常化委員会は同年一一月には機関紙『解放の道』を創刊し、さらに一九七〇年六月に部落解放同盟正常化全国連絡会議を結成。

そして、一九七六年三月に全国部落解放運動連合会に改組。また、一九七五年九月には国民融合をめざす部落問題全国会議を結成。これらの団体の友誼団体は日本共産党である。

一方、部落解放同盟県連は、一九七五年七月六日には山口市湯田婦人会館で第二四回大会を二〇〇名の参加で開催し、委員長に菊本文男、副委員長に中野正・岩田利平・宮川末広、書記長に松浦憲二を選出し活動を展開していた。

その後、副委員長の交代はあるが菊本委員長と松浦書記長のコンビは一九九〇年六月まで続く。

◆部落解放山口県共闘会議の結成
そして、一九七七年一一月一九日には山口市内で部落解放同盟県連と県評(一五単産)が結集して部落解放山口県共闘会議を結成し山本進を初代議長に選出する。

また、全日本同和会では一九七八年六月二〇日に開催された第一九回定期大会で、会長の柳井政雄(山口)が引退し松尾正信(福岡)が会長となる。

さて、以上の団体の動向と同時期に、部落解放同盟は続発していた企業による就職差別を許さないために学校・行政と協力して「統一応募用紙」を作成していく。

さらに、結婚や就職をめぐり「戸籍」や寺院の「過去帳」が部落差別に利用されている事件に対して取り組みを実施し、一九七六年には不十分であるが戸籍法の一部改正を実現する。

◆部落地名総鑑事件
こうした最中、一九七五年一二月に極めて悪質な差別図書『人事極秘 部落地名総鑑』の存在が明らかになり、同じような図書が一九七八年一一月までに九種類〔購入社・者は二二〇を超えている〕あることが判明する。

三番目に発覚した第三の部落地名総鑑といわれる『全国特殊部落リスト』は一九七六年一一月二八日に存在が判明、山口県では宇部興産が購入していた。これらの図書は、被差別部落の地名などを一覧表にしたもので購入した企業が身元調査に利用し就職差別をしていた事件である。

部落解放同盟県連は宇部興産と四回の会合を開催。この事件を契機に宇部興産が中心となり、宇部市と小野田市で企業同和教育連絡会が結成された。

隣県である広島県では広島銀行・中川製袋化工・中国電力・東洋工業が差別図書『部落地名総鑑』を購入していた。