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第19話 「特措法」失効と「山口県人権推進指針」

◆「地対財特法」5年延長

1996年10月に初めての小選挙区比例代表並立制による衆議院選挙が実施され、再び自民党が主導権を握る政権が発足。以後、この体制は2009年8月まで続く。

部落問題をめぐっては2か月後の1996年12月17日に「人権擁護施策推進法」が五年間の時限立法として成立、同法により法務省に人権擁護推進審議会が設置された。

また、1997年4月には「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律の一部を改正する法律」(地対財特法)が5年間の時限立法で施行され、

山口県では単県事業を30事業から12事業に縮小、同和対策課を健康福祉部人権対策室に改組した。

◆菊川町差別戒名墓碑事件

この時期、部落差別に関しては例えば1998年3月11日に山口県菊川町で差別戒名墓碑据え替え行事と法要が行われた。

その場で、益田利生・山口同宗連議長は「山口同宗連結成から11年、地道な活動がつくりあげた信頼関係が、差別戒名墓石の早期解決につながった」「浄土宗大乗寺の柴田住職の『末庵であったことは事実、歴史に責任をもつ』という言葉を聞いたとき、宗教者として心洗われた」などと語っている。該当の「観音堂は大乗寺の末庵」で廃庵になっていた。

このように県連と各団体や人びとを通じて部落差別の撤廃をめざした取り組みが着実に展開されていく。 <a
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◆「山口県部落問題対策審議会」答申
1998年7月には山口県部落問題対策審議会から「山口県における今後の同和行政のあり方」についての答申が知事に出された。
さらに、1999年3月には県教育庁同和教育課が継続した取り組みとして「山口県同和教育の方針」に基づき『社会同和教育実践事例集』を発刊する。

一方、同年8月13日には国内各地での「日の丸」「君が代」強制反対の世論のある中で、「国旗及び国歌に関する法律」が公布・施行された。
翌年、2000年9月2日には部落解放同盟山口県連委員長の松浦憲二(六四歳)が死去。
松浦は1998年に『長州マイノリティ奮戦記―山口県部落解放運動私史―』を出版している。
そして、2000年12月6日には新たに「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が公布・施行された。

◆「山口県人権推進指針」の策定
山口県連では組織の体制を再構築するため2001年7月8日に下松市内でで第50回大会を開催し、委員長に宮川力雄、副委員長に浅田政美・大田逸雄、書記長に福岡秀昭を選出し再出発した。
そして、2002年3月末には「特別措置法」が失効したが、山口県は同月に『山口県人権推進指針』を策定する。
県教育委員会は2002年度から同和教育課を人権教育課に改編した。
この『山口県人権推進指針』は、10年後の2012年3月に「人権に関する総合的な取組をより一層推進するため」に改定された。