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第18話 「未指定地区」「事業未実施地区」の課題

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衆参両院で解放の議席

1990年2月18日は、第39回衆議院選挙の投票日。部落解放同盟からは副委員長の上田卓三(大阪3区)、書記長の小森龍邦(広島3区)、中央委員の松本龍(福岡1区)が当選する。
当時、参議院では部落解放同盟から松本英一(全国区)、谷畑孝(大阪選挙区)が議席を獲得していた。
2年後の1992年4月からは院内外での取り組みにより、「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」が5年間延長された。但し、政府は55事業を45事業に縮小した。

環境改善の成果と課題

山口県は、1991年3月に『目で見る環境改善』を発行し、「環境改善施設整備事業」「住宅関係整備事業」「がけ地整備事業」「隣保館整備事業」「生活環境改善等施設整備事業種類別事業費」の項目で事業内容を説明し、山口県民生部長の富永和信は「同和地区の生活環境をはじめとする物的整備面については大きく改善され、多くの成果を挙げることができました」と記した。
けれども、教育・啓発の問題、「未指定地区」、事業未実施地区、残事業などの課題は残されていた。

「基本法」制定実行委員会

こうした状況の中、1992年12月9日に小郡町で「部落解放基本法」要求山口県実行委員会第8回総会が開かれ160団体から200人が参加し、初代会長を務めていた吉田建勲雄(テレビ山口社長)の後任に町田宗夫(曹洞宗禅昌寺住職)を選出した。
また、地方議会では1993年3月23日に山口市議会で「差別のない人権擁護都市」宣言を決議、3月25日に小郡町議会では「部落実態調査の完全実施と部落解放基本法の制定を求める決議」を採択した。
それは1993年度の総務省の同和地区実態把握等調査(抽出調査)が不十分であると指摘し、「未指定地区」(約千ヶ所)、事業未実施地区を含めた調査を求めることを要望する内容であった。

県内の未指定地区を視察

1993年3月30日には日本社会党国会議員団が実態調査のために鳥取県並びに島根県に続いて山口県須佐町、田万川町の「未指定地区」を視察した。
一方、国際社会では3月31日に部落解放同盟も参加する「反差別国際運動(IMADR)」が国連経済社会理事会と協議資格をもつNGO資格を取得した。
1993年7月18日の第40回衆議院選挙の結果、日本新党の細川護煕が連立政権の首相となり、11月18日には衆議院で「小選挙区比例代表並立制」を含む法案を可決。

その後、1994年4月に新生党の羽田孜、六月に日本社会党の村山富市が首相(社会・自民・さきがけ政権)となり、「五五年体制」は完全に崩壊した。
1995年1月17日には阪神淡路大震災、3月20日に地下鉄サリン事件が起きる。
山口県内の組織活動においては、上関町の「未指定地区」の部落の人たちが立ち上がり、同年10月15日に部落解放同盟上関支部が結成された。

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