第16話 「部落解放基本法制定要求」山口県実行委員会の結成
◆「部落解放基本法」制定全国大行進
1975年以後の差別図書・部落地名総鑑糾弾闘争により、差別図書を購入した企業や団体の差別体質が暴露され、差別「身元調査」による被差別部落の人びとに対する就職差別や結婚差別の実態が明らかになった。
そして、いわゆる「日本経済の二重構造」の問題や、情報化社会における個人情報保護(プライバシー権)の問題、さらに差別を商いとする悪質な興信所・探偵社などの存在が露見し、差別「身元調査」が野放し状態であることなどが問題とされた。
このような状況を踏まえて部落解放同盟は、部落差別の抜本的な解決をめざすために「宣言法的部分」「事業法的部分」「啓発法的部分」「規制法的」部分が盛り込まれた部落解放基本法の制定を国民運動として展開することを決定し、1985年1月22日に東京・九段会館で開催された「同和」対策事業特別措置法強化改正要求国民運動中央実行委員会の会合で、組織名称を部落解放基本法制定要求国民運動中央実行委員会に変更した。
◆鹿児島から東京まで行進
続いて、1985年5月24日の同中央実行委員会(会長・大谷光真/浄土真宗本願寺派門主)で役員を決定し、世論に訴えるために9月12日から10月30日まで部落解放基本法制定要求全国大行進隊(三隊で構成)が組織され、鹿児島から東京をめざす行進が展開された。
隊員の構成は部落解放同盟員・企業関係者・宗教関係者・教育関係者など多彩であった。
◆山口市議会、萩市議会、阿知須町議会が意見書採択
全国大行進隊が山口県入りを前にした9月10日には、山口市議会で松浦憲二市議(部落解放同盟県連書記長、日本社会党)が「部落解放基本法」制定を求める意見書の提案理由を説明、日本共産党を除く全議員の賛成により採決された。
その全国大行進隊(第二隊)は9月19日に山口県に入り21日まで二班にわかれて県内で活動、山口県庁では中村副知事並びに高山教育長に要請を行なった。
その後、10月1日に萩市議会が「同和対策の充実強化に関する意見書」を採択、10月7日に阿知須町議会が「『部落解放基本法』の制定への決議をおこなった。
また、全国大行進中の10月1日には、差別「身元調査」を規制するために3月20日に大阪府議会が可決していた「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」が施行された。
◆「基本法」制定要求山口県実行委員会を結成
さらに、1985年10月24日には山口県立図書館で約400名が参加し部落解放基本法制定要求山口県実行委員会が結成され、会長に吉田建勲雄(宇部興産専務取締役)、会長代理に桑原範雄(浄土真宗本願寺派教務所長)・佐々井啓郎(義済堂)・斉藤昌紀(自治労県本部委員長)が就任した。
◆山口県議会が「同和対策に関する要望書」を決議
こうした取り組みを背景に部落解放基本法制定要求山口県実行委員会や部落解放同盟県連の働きかけにこたえて、山口県議会では1985年12月20日に「同和対策に関する要望決議」が自民、社会、公明、民社などの各派の協議により全会一致で採決された。