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【新刊案内】「太郎が恋をする頃までには・・・」(幻冬舎)

「太郎が恋をする頃までには・・・」 栗原美和子(幻冬舎)

猿まわし復活の背景に・・・

今年10月発行の『太郎が恋をする頃までには・・・』(幻冬舎)の私小説が、いま話題を呼んでいる。作者はフジテレビのプロデューサー、現在は新聞記者の栗原美和子。彼女が猿まわし師・村崎太郎と出会い、結婚にいたるなかでの葛藤と部落差別の現実を世に問うた私小説。内容はフィクションであるが、山口の部落出身の太郎の生い立ちと部落差別についての語りはかなりの部分は事実である。「太郎次郎一門」をベースに、全国従業などの活動を続け、91年には「芸術祭賞」受賞した太郎、小説では「海地ハジメ」。猿まわしは、鎌倉時代から続く千年の歴史があり、歌舞伎や能などと同じく、賤民の間で民俗芸能として受け継がれてきた。その復活の背景には、これまで語られてこなかった、部落解放への思いがあった。彼は成功していくが部落出身ということを名乗れず、苦しんできたこと、この本を出版することで、カミングアウトしたことなど、これまで明かされなかった真実が語られている。彼が光市の部落に生まれ、厳しい差別と貧困の中で幼少期を送ってきた。彼が高校2年の時、父から言われ、猿まわし師になることを決意する。【「我々の歴史を葬ってはいかん。葬るのは逃げじゃ。そうじゃなくて、堂々と自分のルーツを名乗れる、語れる、そういう日に向かって突き進んでいくべきなんじゃ」】【「太郎、お前がスターになれ」「お前というスターが生まれることによって、被差別部落に対する偏見をなくしていくんだ。お前がスターになって、先祖代々続いてきた苦しみを払拭するんだ」】その一心で、彼は猿まわしを復活させ、国民的な注目を浴びるまでになった。

スターにはなったが・・・

【「確かに俺は約束通りスターになった」父親と約束したように、猿まわし芸を復活させ、テレビ出演というキッカケを掴み、猿まわしの存在を全国規模で有名にした。「でも本当の意味でスターになったわけじゃない。俺は先祖が誇れるような人間じゃない」】【「俺は、差別から逃げて来たんだ。東京へ行けば、地元さえ離れれば、自分がどこの出身かだなんて分からなくなる。俺は・・・被差別者というレッテルから逃げ出したかった。それが本音だったんだ」】部落出身ということを名乗ることが出来ずに、苦しんだ村崎太郎。自分が猿まわしをここまで復活させ、地位も名声も手に入れたのに、それでも彼自身は解放されていなかった。「隠すのか」「名乗るのか」。自分と同じような思いをしている人たくさんいる。部落出身ということを名乗っても差別されない社会。そして自分自身がホントの意味で解放されるために、パートナーである栗原美和子とともに私小説を発刊した。現在、二人は結婚して幸せな生活を送っている。しかし、小説では最後はハッピーエンドではない。結婚差別を受けて最後は別れてしまう。週刊誌『アエラ』(11月3日号)の、二人のインタビュー記事には「いろいろあったけど幸せになれるんだ、では意味がないと思う。僕たちはたまたま幸せな結婚ができた。でもそこに至らない人たちはたくさんいる。それを問いかけるものに」と、厳しい結婚差別の現実があることを世に問うストーリーになった。

体に染みこんでいる詩

最後に太郎が、部落出身ということ、猿まわしを復興させていくなかで、体の芯まで染みこみ、胸を熱くし続けてきた詩がある。解放運動の活動家だった親が、赤ん坊の太郎を抱きながら、この詩をシュプレヒコールしながらデモ行進をしていた。「タローが恋をする頃までには差別のない世の中が訪れますように」「タローが恋をする頃までには全ての人間が平等に扱われますように」「タローが恋をする頃までには様々な問題が解決されますように」この詩が問うている現状を、いま一度、みんなで確認したい。山口県の部落問題は解決したのかと。ぜひ、この冬に一読をお薦めします。