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	<title>山口県水平社創立９０周年記念　連載</title>
	<link>http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture</link>
	<description>山口県水平社創立９０周年記念　連載</description>
	<pubDate>Sun, 31 Aug 2014 01:08:06 +0000</pubDate>
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		<title>第２１話（最終話）　山口県水平社創立９０年の闘い</title>
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		<pubDate>Sun, 31 Aug 2014 01:08:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[


◆身元調査･戸籍不正取得
２０１１年３月11日には東日本大震災が発生、津波による福島第一原子力発電所事故が起きた。今も多くの人権にかかわる課題が提起され解決が迫られている。
同時期の２０１１年に山口県内の複数の自治体で、職員採用時において「就職差別につながる恐れのある」健康診断（健康診断書の提出など）を実施していることが発覚した。　部落解放同盟山口県連は、「採用選考において、血液検査などの健康診断の実施は「就職差別につながる恐れがある」として、厚生労働省は客観的・合理的な必要性がある場合を除いて実施しないように指導している」と違反する行為として是正を求め改善を実現した。
また同年一一月、以前から問題になっていた「戸籍謄本の不正取得」事件よりも、さらに巧妙で悪質な大量不正取得事件―プライム総合法務事務所事件―が発覚し、全国的な取り組みが開始された。
この事件を契機に、部落解放同盟山口県連は関係機関・組織と協力しながら県内の全一九市町で登録型本人通知制度の導入を実現した。
◆山口県人権推進指針の改定
山口県は２０１２年３月に「山口県人権推進指針」を改定し、その改訂を受けて山口県教育委員会も「山口県人権教育推進資料」を作成する。
２０１２年４月22日には、部落解放同盟山口県連第61回定期大会が山口市の県労働者福祉文化中央会館で開かれ約１２０名が出席。
主催者を代表して、松岡広昭委員長は今期で６年間務めた委員長を退任し、顧問として県連の運動を支えていく決意を述べた。
役員改選では、委員長・藤本謙吾（宇部）、副委員長・浅田政美（周南）・山内孝治（下松）・竹嶋彰宏（岩国）、書記長・川口泰司（宇部）が選出された。
国政では２０１２年12月16日に第46回衆議院議員選挙の投票が実施され自民党が勝利、自公連立の第二次安倍晋三内閣が発足する。
解散前に、「人権委員会設置法案」が野田内閣で閣議決定されたが、解散により可決されなかった。
◆山口県水平社９０周年記念大会　解放同盟と同和会が共催　
２０１３年５月10日、山口市のホテルかめ福で山口県水平社創立九〇周年記念大会及びレセプションが、部落解放同盟山口県連合会並びに全日本同和会山口県連合会が共催し、約二五〇名が参加。来賓として組坂繁之（解放同盟中央執行委員長）、藤部秀則（山口県副知事）、栁居俊学（山口県議会議長）、渡辺純忠（山口市長）などが出席。各地から自治体関係者・議会議員・労働団体・各民主団体の代表が参集した。この大会は、「山口県水平社創立90周年記念」であることから、多くの人びとを結集することができた。
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/img_802-3.jpg" title="img_802-3.jpg"><img src="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/img_802-3.jpg" alt="img_802-3.jpg" /></a></p>
<p><a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/img_8031.jpg" title="img_8031.jpg"><br />
</a></p>
<p><strong><strong><strong>◆身元調査･戸籍不正取得</strong><br />
２０１１年３月11日には東日本大震災が発生、津波による福島第一原子力発電所事故が起きた。今も多くの人権にかかわる課題が提起され解決が迫られている。<br />
同時期の２０１１年に山口県内の複数の自治体で、職員採用時において「就職差別につながる恐れのある」健康診断（健康診断書の提出など）を実施していることが発覚した。　部落解放同盟山口県連は、「採用選考において、血液検査などの健康診断の実施は「就職差別につながる恐れがある」として、厚生労働省は客観的・合理的な必要性がある場合を除いて実施しないように指導している」と違反する行為として是正を求め改善を実現した。<br />
また同年一一月、以前から問題になっていた「戸籍謄本の不正取得」事件よりも、さらに巧妙で悪質な大量不正取得事件―プライム総合法務事務所事件―が発覚し、全国的な取り組みが開始された。<br />
この事件を契機に、部落解放同盟山口県連は関係機関・組織と協力しながら県内の全一九市町で登録型本人通知制度の導入を実現した。</strong></strong></p>
<p><strong><strong><strong>◆山口県人権推進指針の改定</strong><br />
山口県は２０１２年３月に「山口県人権推進指針」を改定し、その改訂を受けて山口県教育委員会も「山口県人権教育推進資料」を作成する。<br />
２０１２年４月22日には、部落解放同盟山口県連第61回定期大会が山口市の県労働者福祉文化中央会館で開かれ約１２０名が出席。<br />
主催者を代表して、松岡広昭委員長は今期で６年間務めた委員長を退任し、顧問として県連の運動を支えていく決意を述べた。</strong></strong></p>
<p><strong><strong>役員改選では、委員長・藤本謙吾（宇部）、副委員長・浅田政美（周南）・山内孝治（下松）・竹嶋彰宏（岩国）、書記長・川口泰司（宇部）が選出された。<br />
国政では２０１２年12月16日に第46回衆議院議員選挙の投票が実施され自民党が勝利、自公連立の第二次安倍晋三内閣が発足する。<br />
解散前に、「人権委員会設置法案」が野田内閣で閣議決定されたが、解散により可決されなかった。</strong></p>
<p><strong><strong>◆山口県水平社９０周年記念大会　解放同盟と同和会が共催　</strong><br />
２０１３年５月10日、山口市のホテルかめ福で山口県水平社創立九〇周年記念大会及びレセプションが、部落解放同盟山口県連合会並びに全日本同和会山口県連合会が共催し、約二五〇名が参加。来賓として組坂繁之（解放同盟中央執行委員長）、藤部秀則（山口県副知事）、栁居俊学（山口県議会議長）、渡辺純忠（山口市長）などが出席。各地から自治体関係者・議会議員・労働団体・各民主団体の代表が参集した。この大会は、「山口県水平社創立90周年記念」であることから、多くの人びとを結集することができた。</p>
<p></strong></strong><strong> </strong></p>
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		<title>第２０話　あいつぐ差別事件　萩市結婚相談所問題</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Jul 2014 04:47:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[２００３年４月２１日に徳山市・新南陽市・熊毛町・鹿野町が合併して周南市が誕生した。
これ以後、２０１０年１月１６日の山口市と阿東町の合併まで市町村合併が進められ、山口県内にあった５６市町村が１９市町となった。市町村合併は全国規模の大きな変化であった。
山口県「同和行政・同和教育とりまとめ」
こうした状況の中で、山口県は２００５年９月に『山口県における同和行政・教育のまとめ』を公表する。
そして、２００５年１２月に山口県部落問題対策審議会は廃止するが、２００６年７月１日には新たに１７名の委員で山口県人権施策推進審議会が設置された。２０１４年７月現在、部落解放同盟山口県連合会、全日本同和会山口県連合会、山口県地域人権運動連合会からも委員が選出されている。こでの山口県地域人権運動連合会は、山口県部落解放運動連合会が２００６年５月に山口市内での大会で終結し、創立大会を開催した団体である。
あいつぐ差別事件
さて、部落解放同盟山口県連は市町村合併が進行する最中、部落解放・人権政策の確立をめざし、部落差別事件に対する取り組みを地道に展開している。例えば、２００５年に発覚した柳井市のスナック経営者差別事件、山陽小野田市長選挙での部落差別を利用した差別ビラ配布事件。２００７年に発覚した山口市住民・結婚身元調査事件などである。
萩市結婚相談所問題
さらに、２００８年５月に萩市が開設した結婚相談所で、申込者の戸籍謄本と運転免許証などの写しを提出させ、申込書に本籍地、宗教、既往症、家族とその職業、「障害」の有無、身体状況、初婚・再婚（死別・生別）などを書かせていたことが判明。
同時期、宇部市の社会福祉協議会の結婚相談所でも身体上の「障害」や既往症などを書かせていたことが発覚。これらの問題点についても改善を求める取り組みを行った。
部落解放同盟山口県連では、松浦憲二委員長が死去した２０００年９月以後は宮川力雄委員長、２００６年からは松岡広昭委員長が組織の責任者であった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２００３年４月２１日に徳山市・新南陽市・熊毛町・鹿野町が合併して周南市が誕生した。</p>
<p>これ以後、２０１０年１月１６日の山口市と阿東町の合併まで市町村合併が進められ、山口県内にあった５６市町村が１９市町となった。市町村合併は全国規模の大きな変化であった。</p>
<p><strong>山口県「同和行政・同和教育とりまとめ」</strong><br />
こうした状況の中で、山口県は２００５年９月に『山口県における同和行政・教育のまとめ』を公表する。</p>
<p>そして、２００５年１２月に山口県部落問題対策審議会は廃止するが、２００６年７月１日には新たに１７名の委員で山口県人権施策推進審議会が設置された。２０１４年７月現在、部落解放同盟山口県連合会、全日本同和会山口県連合会、山口県地域人権運動連合会からも委員が選出されている。こでの山口県地域人権運動連合会は、山口県部落解放運動連合会が２００６年５月に山口市内での大会で終結し、創立大会を開催した団体である。</p>
<p><strong>あいつぐ差別事件</strong></p>
<p>さて、部落解放同盟山口県連は市町村合併が進行する最中、部落解放・人権政策の確立をめざし、部落差別事件に対する取り組みを地道に展開している。例えば、２００５年に発覚した柳井市のスナック経営者差別事件、山陽小野田市長選挙での部落差別を利用した差別ビラ配布事件。２００７年に発覚した山口市住民・結婚身元調査事件などである。</p>
<p><strong>萩市結婚相談所問題</strong></p>
<p>さらに、２００８年５月に萩市が開設した結婚相談所で、申込者の戸籍謄本と運転免許証などの写しを提出させ、申込書に本籍地、宗教、既往症、家族とその職業、「障害」の有無、身体状況、初婚・再婚（死別・生別）などを書かせていたことが判明。</p>
<p>同時期、宇部市の社会福祉協議会の結婚相談所でも身体上の「障害」や既往症などを書かせていたことが発覚。これらの問題点についても改善を求める取り組みを行った。</p>
<p>部落解放同盟山口県連では、松浦憲二委員長が死去した２０００年９月以後は宮川力雄委員長、２００６年からは松岡広昭委員長が組織の責任者であった。</p>
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		<title>第１９話　「特措法」失効と「山口県人権推進指針」</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Jun 2014 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[◆「地対財特法」５年延長
１９９６年１０月に初めての小選挙区比例代表並立制による衆議院選挙が実施され、再び自民党が主導権を握る政権が発足。以後、この体制は２００９年８月まで続く。
部落問題をめぐっては２か月後の１９９６年１２月１７日に「人権擁護施策推進法」が五年間の時限立法として成立、同法により法務省に人権擁護推進審議会が設置された。
また、１９９７年４月には「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律の一部を改正する法律」（地対財特法）が５年間の時限立法で施行され、
山口県では単県事業を３０事業から１２事業に縮小、同和対策課を健康福祉部人権対策室に改組した。
◆菊川町差別戒名墓碑事件
この時期、部落差別に関しては例えば１９９８年３月１１日に山口県菊川町で差別戒名墓碑据え替え行事と法要が行われた。
その場で、益田利生・山口同宗連議長は「山口同宗連結成から１１年、地道な活動がつくりあげた信頼関係が、差別戒名墓石の早期解決につながった」「浄土宗大乗寺の柴田住職の『末庵であったことは事実、歴史に責任をもつ』という言葉を聞いたとき、宗教者として心洗われた」などと語っている。該当の「観音堂は大乗寺の末庵」で廃庵になっていた。
このように県連と各団体や人びとを通じて部落差別の撤廃をめざした取り組みが着実に展開されていく。 &#60;a

◆「山口県部落問題対策審議会」答申
１９９８年７月には山口県部落問題対策審議会から「山口県における今後の同和行政のあり方」についての答申が知事に出された。
さらに、１９９９年３月には県教育庁同和教育課が継続した取り組みとして「山口県同和教育の方針」に基づき『社会同和教育実践事例集』を発刊する。
一方、同年８月１３日には国内各地での「日の丸」「君が代」強制反対の世論のある中で、「国旗及び国歌に関する法律」が公布・施行された。
翌年、２０００年９月２日には部落解放同盟山口県連委員長の松浦憲二（六四歳）が死去。
松浦は１９９８年に『長州マイノリティ奮戦記―山口県部落解放運動私史―』を出版している。
そして、２０００年１２月６日には新たに「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が公布・施行された。
◆「山口県人権推進指針」の策定
山口県連では組織の体制を再構築するため２００１年７月８日に下松市内でで第５０回大会を開催し、委員長に宮川力雄、副委員長に浅田政美・大田逸雄、書記長に福岡秀昭を選出し再出発した。
そして、２００２年３月末には「特別措置法」が失効したが、山口県は同月に『山口県人権推進指針』を策定する。
県教育委員会は２００２年度から同和教育課を人権教育課に改編した。
この『山口県人権推進指針』は、１０年後の２０１２年３月に「人権に関する総合的な取組をより一層推進するため」に改定された。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/dousyuren.jpg" title="dousyuren.jpg"></a><strong>◆「地対財特法」５年延長</strong></p>
<p>１９９６年１０月に初めての小選挙区比例代表並立制による衆議院選挙が実施され、再び自民党が主導権を握る政権が発足。以後、この体制は２００９年８月まで続く。</p>
<p>部落問題をめぐっては２か月後の１９９６年１２月１７日に「人権擁護施策推進法」が五年間の時限立法として成立、同法により法務省に人権擁護推進審議会が設置された。</p>
<p>また、１９９７年４月には「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律の一部を改正する法律」（地対財特法）が５年間の時限立法で施行され、</p>
<p>山口県では単県事業を３０事業から１２事業に縮小、同和対策課を健康福祉部人権対策室に改組した。</p>
<p><strong>◆菊川町差別戒名墓碑事件</strong></p>
<p>この時期、部落差別に関しては例えば１９９８年３月１１日に山口県菊川町で差別戒名墓碑据え替え行事と法要が行われた。</p>
<p>その場で、益田利生・山口同宗連議長は「山口同宗連結成から１１年、地道な活動がつくりあげた信頼関係が、差別戒名墓石の早期解決につながった」「浄土宗大乗寺の柴田住職の『末庵であったことは事実、歴史に責任をもつ』という言葉を聞いたとき、宗教者として心洗われた」などと語っている。該当の「観音堂は大乗寺の末庵」で廃庵になっていた。</p>
<p>このように県連と各団体や人びとを通じて部落差別の撤廃をめざした取り組みが着実に展開されていく。 &lt;a<br />
<a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/dousyuren1.jpg" title="dousyuren1.jpg"><img src="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/dousyuren1.jpg" alt="dousyuren1.jpg" /></a></p>
<p><strong>◆「山口県部落問題対策審議会」答申</strong><br />
１９９８年７月には山口県部落問題対策審議会から「山口県における今後の同和行政のあり方」についての答申が知事に出された。<br />
さらに、１９９９年３月には県教育庁同和教育課が継続した取り組みとして「山口県同和教育の方針」に基づき『社会同和教育実践事例集』を発刊する。</p>
<p>一方、同年８月１３日には国内各地での「日の丸」「君が代」強制反対の世論のある中で、「国旗及び国歌に関する法律」が公布・施行された。<br />
翌年、２０００年９月２日には部落解放同盟山口県連委員長の松浦憲二（六四歳）が死去。<br />
松浦は１９９８年に『長州マイノリティ奮戦記―山口県部落解放運動私史―』を出版している。<br />
そして、２０００年１２月６日には新たに「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が公布・施行された。</p>
<p><strong>◆「山口県人権推進指針」の策定</strong><br />
山口県連では組織の体制を再構築するため２００１年７月８日に下松市内でで第５０回大会を開催し、委員長に宮川力雄、副委員長に浅田政美・大田逸雄、書記長に福岡秀昭を選出し再出発した。<br />
そして、２００２年３月末には「特別措置法」が失効したが、山口県は同月に『山口県人権推進指針』を策定する。<br />
県教育委員会は２００２年度から同和教育課を人権教育課に改編した。<br />
この『山口県人権推進指針』は、１０年後の２０１２年３月に「人権に関する総合的な取組をより一層推進するため」に改定された。</p>
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		<item>
		<title>第１８話　「未指定地区」「事業未実施地区」の課題</title>
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		<pubDate>Wed, 28 May 2014 05:02:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[ 

衆参両院で解放の議席
1990年２月１８日は、第３９回衆議院選挙の投票日。部落解放同盟からは副委員長の上田卓三（大阪３区）、書記長の小森龍邦（広島３区）、中央委員の松本龍（福岡１区）が当選する。
当時、参議院では部落解放同盟から松本英一（全国区）、谷畑孝（大阪選挙区）が議席を獲得していた。
２年後の１９９２年４月からは院内外での取り組みにより、「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」が５年間延長された。但し、政府は５５事業を４５事業に縮小した。
 環境改善の成果と課題
山口県は、１９９１年３月に『目で見る環境改善』を発行し、｢環境改善施設整備事業」｢住宅関係整備事業」｢がけ地整備事業｣｢隣保館整備事業｣｢生活環境改善等施設整備事業種類別事業費」の項目で事業内容を説明し、山口県民生部長の富永和信は「同和地区の生活環境をはじめとする物的整備面については大きく改善され、多くの成果を挙げることができました」と記した。
けれども、教育・啓発の問題、｢未指定地区｣、事業未実施地区、残事業などの課題は残されていた。
「基本法」制定実行委員会
こうした状況の中、１９９２年１２月９日に小郡町で「部落解放基本法」要求山口県実行委員会第８回総会が開かれ１６０団体から２００人が参加し、初代会長を務めていた吉田建勲雄（テレビ山口社長）の後任に町田宗夫（曹洞宗禅昌寺住職）を選出した。
また、地方議会では１９９３年３月２３日に山口市議会で「差別のない人権擁護都市」宣言を決議、３月２５日に小郡町議会では「部落実態調査の完全実施と部落解放基本法の制定を求める決議」を採択した。
それは１９９３年度の総務省の同和地区実態把握等調査（抽出調査）が不十分であると指摘し、「未指定地区」（約千ヶ所）、事業未実施地区を含めた調査を求めることを要望する内容であった。
県内の未指定地区を視察
１９９３年３月３０日には日本社会党国会議員団が実態調査のために鳥取県並びに島根県に続いて山口県須佐町、田万川町の「未指定地区」を視察した。
一方、国際社会では３月３１日に部落解放同盟も参加する「反差別国際運動（ＩＭＡＤＲ）」が国連経済社会理事会と協議資格をもつＮＧＯ資格を取得した。
１９９３年７月１８日の第４０回衆議院選挙の結果、日本新党の細川護煕が連立政権の首相となり、１１月１８日には衆議院で「小選挙区比例代表並立制」を含む法案を可決。
その後、１９９４年４月に新生党の羽田孜、六月に日本社会党の村山富市が首相（社会・自民・さきがけ政権）となり、「五五年体制」は完全に崩壊した。
１９９５年１月１７日には阪神淡路大震災、３月２０日に地下鉄サリン事件が起きる。
山口県内の組織活動においては、上関町の「未指定地区」の部落の人たちが立ち上がり、同年１０月１５日に部落解放同盟上関支部が結成された。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> <img src="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/sokudou-mae.jpg" alt="sokudou-mae.jpg" /></p>
<p><img src="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/ato.jpg" alt="ato.jpg" /></p>
<p><strong>衆参両院で解放の議席</strong></p>
<p>1990年２月１８日は、第３９回衆議院選挙の投票日。部落解放同盟からは副委員長の上田卓三（大阪３区）、書記長の小森龍邦（広島３区）、中央委員の松本龍（福岡１区）が当選する。<br />
当時、参議院では部落解放同盟から松本英一（全国区）、谷畑孝（大阪選挙区）が議席を獲得していた。<br />
２年後の１９９２年４月からは院内外での取り組みにより、「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」が５年間延長された。但し、政府は５５事業を４５事業に縮小した。</p>
<p><strong> 環境改善の成果と課題</strong></p>
<p>山口県は、１９９１年３月に『目で見る環境改善』を発行し、｢環境改善施設整備事業」｢住宅関係整備事業」｢がけ地整備事業｣｢隣保館整備事業｣｢生活環境改善等施設整備事業種類別事業費」の項目で事業内容を説明し、山口県民生部長の富永和信は「同和地区の生活環境をはじめとする物的整備面については大きく改善され、多くの成果を挙げることができました」と記した。<br />
けれども、教育・啓発の問題、｢未指定地区｣、事業未実施地区、残事業などの課題は残されていた。</p>
<p><strong>「基本法」制定実行委員会</strong></p>
<p>こうした状況の中、１９９２年１２月９日に小郡町で「部落解放基本法」要求山口県実行委員会第８回総会が開かれ１６０団体から２００人が参加し、初代会長を務めていた吉田建勲雄（テレビ山口社長）の後任に町田宗夫（曹洞宗禅昌寺住職）を選出した。<br />
また、地方議会では１９９３年３月２３日に山口市議会で「差別のない人権擁護都市」宣言を決議、３月２５日に小郡町議会では「部落実態調査の完全実施と部落解放基本法の制定を求める決議」を採択した。<br />
それは１９９３年度の総務省の同和地区実態把握等調査（抽出調査）が不十分であると指摘し、「未指定地区」（約千ヶ所）、事業未実施地区を含めた調査を求めることを要望する内容であった。</p>
<p><strong>県内の未指定地区を視察</strong></p>
<p>１９９３年３月３０日には日本社会党国会議員団が実態調査のために鳥取県並びに島根県に続いて山口県須佐町、田万川町の「未指定地区」を視察した。<br />
一方、国際社会では３月３１日に部落解放同盟も参加する「反差別国際運動（ＩＭＡＤＲ）」が国連経済社会理事会と協議資格をもつＮＧＯ資格を取得した。<br />
１９９３年７月１８日の第４０回衆議院選挙の結果、日本新党の細川護煕が連立政権の首相となり、１１月１８日には衆議院で「小選挙区比例代表並立制」を含む法案を可決。</p>
<p>その後、１９９４年４月に新生党の羽田孜、六月に日本社会党の村山富市が首相（社会・自民・さきがけ政権）となり、「五五年体制」は完全に崩壊した。<br />
１９９５年１月１７日には阪神淡路大震災、３月２０日に地下鉄サリン事件が起きる。<br />
山口県内の組織活動においては、上関町の「未指定地区」の部落の人たちが立ち上がり、同年１０月１５日に部落解放同盟上関支部が結成された。</p>
<p><img src='http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/p140512_122913-2.jpg' alt='p140512_122913-2.jpg' /></p>
<p><img src='http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/keihatusukann-2.jpg' alt='keihatusukann-2.jpg' /></p>
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		<item>
		<title>第１７話　西日本夏期講座の成功と山口市結婚差別事件</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Apr 2014 03:25:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[
◆全国自由同和会の結成　
中曽根康弘内閣はいわゆる「戦後政治の総決算」を標榜し、一九八六年七月六日に衆参同日選挙を実施し圧勝する。
二週間後の七月二〇日には全日本同和会を脱会した人たちが、京都府内で全国自由同和会を結成。同会は二〇〇三年に自由同和会に改名。けれども、全日本同和会山口県県連合会は自由同和会に合流しなかった。
◆「地対財特法」施行
一九八六年八月五日には政府・地域改善対策協議会（地対協）の「基本問題検討部会」が「部会報告」を、一二月一一日には地対協が「意見具申」を出した。部落解放同盟は、内容が「国家主義的統制と当事者ならびに運動団体を排除しようとするものである」などとして、全国的な抗議活動を展開した。
「部会報告」直後の八月一九日に戦前・戦後を通じて山口県の部落解放運動の中心人物の一人であった山本利平（一九〇三年生まれ）が下関市の自宅で急逝、現職の全国部落解放運動連合会中央副委員長並びに山口県部落解放運動連合会委員長であった。
こうした中、課題を残しながらも一九八七年四月一日から五年間の時限立法として「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」（地対財特法）が施行された。
 ◆西日本夏期講座・山口大会
この年、部落解放同盟山口県連は五月二四日に山口市内で第三六回定期大会を開催し、七月二八日と二九日に山口市の県スポーツ文化センターで開催予定の第一二回部落解放西日本講座の成功をめざした。
当日、同講座（主催・部落解放研究所・同集会山口県実行委員会）には県内から三八〇〇人、県外から三〇〇〇人が参加し、画家の丸木俊、元全日仏理事長の町田宗夫、関西大学教授の鈴木祥蔵、岩波書店社長の緑川亨、部落解放同盟中央本部委員長の上杉佐一郎が講師を担い、集会は盛会であった。
その後、山口県連は九月六日に体制を強化するため小郡町内で臨時大会を開催し、松浦憲二を委員長に選出した。
一九八九年一月には、元号が「昭和」から「平成」となる。時代は激動していく。
◆山口市教委職員による結婚差別事件
同年三月九日に松浦憲二県連委員長（山口市議）が山口市議会で職員の結婚差別について質問。事件は「婚約者が部落出身と知った娘の父親で、山口市の職員がその結婚に反対、強引に別れさせる」というもので、小林市長は「職員が、人権尊重の立場から、遺憾な事件をおこしたことを心からお詫びする」「今後は、これを教訓に同和問題研修にいっそう努力したい」と述べ、熊谷教育長も「職員研修を見直し、市教委に対する信頼を回復したい」と答弁した。
七月には参議院選挙で与野党が逆転。一一月には日本労働組合総評議会（総評）が解散し日本労働組合総連合（連合）が発足。国際社会では「米ソ冷戦」が崩壊しはじめる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/yaguchi-kekkosabetu.jpg' alt='yaguchi-kekkosabetu.jpg' /></p>
<p><strong></strong><strong>◆全国自由同和会の結成　</strong></p>
<p>中曽根康弘内閣はいわゆる「戦後政治の総決算」を標榜し、一九八六年七月六日に衆参同日選挙を実施し圧勝する。<br />
二週間後の七月二〇日には全日本同和会を脱会した人たちが、京都府内で全国自由同和会を結成。同会は二〇〇三年に自由同和会に改名。けれども、全日本同和会山口県県連合会は自由同和会に合流しなかった。</p>
<p><strong>◆「地対財特法」施行</strong></p>
<p>一九八六年八月五日には政府・地域改善対策協議会（地対協）の「基本問題検討部会」が「部会報告」を、一二月一一日には地対協が「意見具申」を出した。部落解放同盟は、内容が「国家主義的統制と当事者ならびに運動団体を排除しようとするものである」などとして、全国的な抗議活動を展開した。</p>
<p>「部会報告」直後の八月一九日に戦前・戦後を通じて山口県の部落解放運動の中心人物の一人であった山本利平（一九〇三年生まれ）が下関市の自宅で急逝、現職の全国部落解放運動連合会中央副委員長並びに山口県部落解放運動連合会委員長であった。</p>
<p>こうした中、課題を残しながらも一九八七年四月一日から五年間の時限立法として「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」（地対財特法）が施行された。</p>
<p><strong> </strong><strong>◆西日本夏期講座・山口大会</strong></p>
<p>この年、部落解放同盟山口県連は五月二四日に山口市内で第三六回定期大会を開催し、七月二八日と二九日に山口市の県スポーツ文化センターで開催予定の第一二回部落解放西日本講座の成功をめざした。</p>
<p>当日、同講座（主催・部落解放研究所・同集会山口県実行委員会）には県内から三八〇〇人、県外から三〇〇〇人が参加し、画家の丸木俊、元全日仏理事長の町田宗夫、関西大学教授の鈴木祥蔵、岩波書店社長の緑川亨、部落解放同盟中央本部委員長の上杉佐一郎が講師を担い、集会は盛会であった。</p>
<p>その後、山口県連は九月六日に体制を強化するため小郡町内で臨時大会を開催し、松浦憲二を委員長に選出した。<br />
一九八九年一月には、元号が「昭和」から「平成」となる。時代は激動していく。</p>
<p><strong>◆山口市教委職員による結婚差別事件</strong></p>
<p>同年三月九日に松浦憲二県連委員長（山口市議）が山口市議会で職員の結婚差別について質問。事件は「婚約者が部落出身と知った娘の父親で、山口市の職員がその結婚に反対、強引に別れさせる」というもので、小林市長は「職員が、人権尊重の立場から、遺憾な事件をおこしたことを心からお詫びする」「今後は、これを教訓に同和問題研修にいっそう努力したい」と述べ、熊谷教育長も「職員研修を見直し、市教委に対する信頼を回復したい」と答弁した。</p>
<p>七月には参議院選挙で与野党が逆転。一一月には日本労働組合総評議会（総評）が解散し日本労働組合総連合（連合）が発足。国際社会では「米ソ冷戦」が崩壊しはじめる。</p>
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		<item>
		<title>第１６話　「部落解放基本法制定要求」山口県実行委員会の結成</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Mar 2014 01:32:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[
◆「部落解放基本法」制定全国大行進
　１９７５年以後の差別図書・部落地名総鑑糾弾闘争により、差別図書を購入した企業や団体の差別体質が暴露され、差別「身元調査」による被差別部落の人びとに対する就職差別や結婚差別の実態が明らかになった。
そして、いわゆる「日本経済の二重構造」の問題や、情報化社会における個人情報保護（プライバシー権）の問題、さらに差別を商いとする悪質な興信所・探偵社などの存在が露見し、差別「身元調査」が野放し状態であることなどが問題とされた。
このような状況を踏まえて部落解放同盟は、部落差別の抜本的な解決をめざすために「宣言法的部分」「事業法的部分」「啓発法的部分」「規制法的」部分が盛り込まれた部落解放基本法の制定を国民運動として展開することを決定し、１９８５年１月２２日に東京・九段会館で開催された「同和」対策事業特別措置法強化改正要求国民運動中央実行委員会の会合で、組織名称を部落解放基本法制定要求国民運動中央実行委員会に変更した。

◆鹿児島から東京まで行進
　続いて、１９８５年５月２４日の同中央実行委員会（会長・大谷光真／浄土真宗本願寺派門主）で役員を決定し、世論に訴えるために９月１２日から１０月３０日まで部落解放基本法制定要求全国大行進隊（三隊で構成）が組織され、鹿児島から東京をめざす行進が展開された。
隊員の構成は部落解放同盟員・企業関係者・宗教関係者・教育関係者など多彩であった。

◆山口市議会、萩市議会、阿知須町議会が意見書採択
全国大行進隊が山口県入りを前にした９月１０日には、山口市議会で松浦憲二市議（部落解放同盟県連書記長、日本社会党）が「部落解放基本法」制定を求める意見書の提案理由を説明、日本共産党を除く全議員の賛成により採決された。
その全国大行進隊（第二隊）は９月１９日に山口県に入り２１日まで二班にわかれて県内で活動、山口県庁では中村副知事並びに高山教育長に要請を行なった。
その後、１０月１日に萩市議会が「同和対策の充実強化に関する意見書」を採択、１０月７日に阿知須町議会が「『部落解放基本法』の制定への決議をおこなった。
また、全国大行進中の１０月１日には、差別「身元調査」を規制するために３月２０日に大阪府議会が可決していた「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」が施行された。

◆「基本法」制定要求山口県実行委員会を結成
さらに、１９８５年１０月２４日には山口県立図書館で約４００名が参加し部落解放基本法制定要求山口県実行委員会が結成され、会長に吉田建勲雄（宇部興産専務取締役）、会長代理に桑原範雄（浄土真宗本願寺派教務所長）・佐々井啓郎（義済堂）・斉藤昌紀（自治労県本部委員長）が就任した。
◆山口県議会が「同和対策に関する要望書」を決議
こうした取り組みを背景に部落解放基本法制定要求山口県実行委員会や部落解放同盟県連の働きかけにこたえて、山口県議会では１９８５年12月20日に「同和対策に関する要望決議」が自民、社会、公明、民社などの各派の協議により全会一致で採決された。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/kihonnhou2.jpg' alt='kihonnhou2.jpg' /></p>
<p><strong>◆「部落解放基本法」制定全国大行進<br />
</strong>　１９７５年以後の差別図書・部落地名総鑑糾弾闘争により、差別図書を購入した企業や団体の差別体質が暴露され、差別「身元調査」による被差別部落の人びとに対する就職差別や結婚差別の実態が明らかになった。</p>
<p>そして、いわゆる「日本経済の二重構造」の問題や、情報化社会における個人情報保護（プライバシー権）の問題、さらに差別を商いとする悪質な興信所・探偵社などの存在が露見し、差別「身元調査」が野放し状態であることなどが問題とされた。</p>
<p>このような状況を踏まえて部落解放同盟は、部落差別の抜本的な解決をめざすために「宣言法的部分」「事業法的部分」「啓発法的部分」「規制法的」部分が盛り込まれた部落解放基本法の制定を国民運動として展開することを決定し、１９８５年１月２２日に東京・九段会館で開催された「同和」対策事業特別措置法強化改正要求国民運動中央実行委員会の会合で、組織名称を部落解放基本法制定要求国民運動中央実行委員会に変更した。</p>
<p><strong><br />
◆鹿児島から東京まで行進<br />
</strong>　続いて、１９８５年５月２４日の同中央実行委員会（会長・大谷光真／浄土真宗本願寺派門主）で役員を決定し、世論に訴えるために９月１２日から１０月３０日まで部落解放基本法制定要求全国大行進隊（三隊で構成）が組織され、鹿児島から東京をめざす行進が展開された。<br />
隊員の構成は部落解放同盟員・企業関係者・宗教関係者・教育関係者など多彩であった。</p>
<p><strong><br />
◆山口市議会、萩市議会、阿知須町議会が意見書採択</strong><br />
全国大行進隊が山口県入りを前にした９月１０日には、山口市議会で松浦憲二市議（部落解放同盟県連書記長、日本社会党）が「部落解放基本法」制定を求める意見書の提案理由を説明、日本共産党を除く全議員の賛成により採決された。<br />
その全国大行進隊（第二隊）は９月１９日に山口県に入り２１日まで二班にわかれて県内で活動、山口県庁では中村副知事並びに高山教育長に要請を行なった。<br />
その後、１０月１日に萩市議会が「同和対策の充実強化に関する意見書」を採択、１０月７日に阿知須町議会が「『部落解放基本法』の制定への決議をおこなった。</p>
<p>また、全国大行進中の１０月１日には、差別「身元調査」を規制するために３月２０日に大阪府議会が可決していた「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」が施行された。</p>
<p><strong><br />
◆「基本法」制定要求山口県実行委員会を結成</strong><br />
さらに、１９８５年１０月２４日には山口県立図書館で約４００名が参加し部落解放基本法制定要求山口県実行委員会が結成され、会長に吉田建勲雄（宇部興産専務取締役）、会長代理に桑原範雄（浄土真宗本願寺派教務所長）・佐々井啓郎（義済堂）・斉藤昌紀（自治労県本部委員長）が就任した。</p>
<p><strong>◆山口県議会が「同和対策に関する要望書」を決議</strong><br />
こうした取り組みを背景に部落解放基本法制定要求山口県実行委員会や部落解放同盟県連の働きかけにこたえて、山口県議会では１９８５年12月20日に「同和対策に関する要望決議」が自民、社会、公明、民社などの各派の協議により全会一致で採決された。</p>
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		<title>第１５話　世界宗教者平和会議と町田宗夫・全日本仏教会理事長</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Feb 2014 00:35:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[
◆県内の同和対策事業
　１９６９年７月に公布・施行された同和対策事業特別措置法は１０年間の時限立法であったが、３年延長の一部改正法案が全会一致により国会で可決され１９８２年３月まで延長された。
そして、１９８２年４月からは法律の名称を変更して地域改善対策特別措置法として１９８７年３月までの時限立法が施行された。
山口県は「特措法」が制定され１６年が経過した１９８５年３月に『生活環境の改善‐目で見る同和対策事業の成果‐』（県民生部同和対策課）を発行し、その中で「これらの事業は、単に同和地区の生活環境を改善したに留まらず、関係住民の方々の生活水準の向上、自立意欲の高揚や地区内外の交流を促進するなど多くの成果を挙げることができました」（佐々木重行・民生部長）と記した。
さらに、山口県は１９８４年３月には『隣保館要覧』（県民生部同和対策課／山口県隣保館連絡協議会）、同年４月に『同和問題の理解のために』（民生部）などの冊子を発行し「同和問題の早期解決」をめざした。
◆宗教界での部落問題
　一方、１９８０年代になると宗教界でも部落問題が論議されるようになる。
１９７９年８月２９日から１０日間、アメリカ、プリンストンで第３回世界宗教者平和会議（ＷＣＲＰⅢ）が開催され、４６ヶ国から３５０人、仏教、キリスト教、イスラム教など１０宗教の宗教者が集まった。
この会議で全日本仏教会理事長・曹洞宗宗務総長の町田宗夫（山口市禅昌寺住職、１９１６～２００９）が「日本に部落差別ない」「部落解放を理由に騒ごうとしている者がいる」だけで「政府も自治体もだれも差別していない」「私は日本人だからあなたより一番知っている」「日本の名誉」のために「部落問題は絶対削除してもらいたい」などの事実に反する差別発言をおこなった。
この町田差別発言事件糾弾闘争を通じて、曹洞宗・真言宗・天台宗・臨済宗・浄土真宗本願寺派などでの差別戒名（法名）・差別墓石問題・差別過去帳問題などが明らかとなる。
その後、町田宗夫・住職は１９８４年にナイロビで開催された第４回世界宗教者平和会議で発言を撤回・謝罪。そして、町田宗夫・住職は県内外でさまざまな機会をとらえ部落解放を宗教者として訴え続けた。
◆同宗連の結成へ
　また、宗教界では「深き反省のうえに、教えの根源にたちかえり、同和問題解決へのとりくみなくしては、もはや日本における宗教者たりえない」との基本精神と決意のもとに、１９８１年６月２９日に京都の真宗大谷派会議場で同和問題に取り組む宗教者連帯会議が５５教団・三連合体の参加により結成される。
山口県では１９８７年７月２８日に山口市・県スポーツ文化センターで１２教団・宗派から約３００人が集まり山口県同和問題に取り組む宗教教団会議（山口同宗連）が結成され、議長には桑原範雄（浄土真宗本願寺派）が選出された。
◆解放同盟の支部が結成
　この間、部落解放同盟県連は１９８０年の定期大会以後の１年間に新南陽市支部と防府支部を結成、１９８３年に光支部再建・岩国支部結成、１９８６年に柳井支部を結成する。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/matida.jpg' alt='matida.jpg' /></p>
<p></strong><strong>◆県内の同和対策事業<br />
</strong>　１９６９年７月に公布・施行された同和対策事業特別措置法は１０年間の時限立法であったが、３年延長の一部改正法案が全会一致により国会で可決され１９８２年３月まで延長された。</p>
<p>そして、１９８２年４月からは法律の名称を変更して地域改善対策特別措置法として１９８７年３月までの時限立法が施行された。</p>
<p>山口県は「特措法」が制定され１６年が経過した１９８５年３月に『生活環境の改善‐目で見る同和対策事業の成果‐』（県民生部同和対策課）を発行し、その中で「これらの事業は、単に同和地区の生活環境を改善したに留まらず、関係住民の方々の生活水準の向上、自立意欲の高揚や地区内外の交流を促進するなど多くの成果を挙げることができました」（佐々木重行・民生部長）と記した。</p>
<p>さらに、山口県は１９８４年３月には『隣保館要覧』（県民生部同和対策課／山口県隣保館連絡協議会）、同年４月に『同和問題の理解のために』（民生部）などの冊子を発行し「同和問題の早期解決」をめざした。</p>
<p><strong>◆宗教界での部落問題<br />
</strong>　一方、１９８０年代になると宗教界でも部落問題が論議されるようになる。</p>
<p>１９７９年８月２９日から１０日間、アメリカ、プリンストンで第３回世界宗教者平和会議（ＷＣＲＰⅢ）が開催され、４６ヶ国から３５０人、仏教、キリスト教、イスラム教など１０宗教の宗教者が集まった。</p>
<p>この会議で全日本仏教会理事長・曹洞宗宗務総長の町田宗夫（山口市禅昌寺住職、１９１６～２００９）が<strong>「日本に部落差別ない」「部落解放を理由に騒ごうとしている者がいる」だけで「政府も自治体もだれも差別していない」「私は日本人だからあなたより一番知っている」「日本の名誉」のために「部落問題は絶対削除してもらいたい」</strong>などの事実に反する差別発言をおこなった。</p>
<p>この町田差別発言事件糾弾闘争を通じて、曹洞宗・真言宗・天台宗・臨済宗・浄土真宗本願寺派などでの差別戒名（法名）・差別墓石問題・差別過去帳問題などが明らかとなる。</p>
<p>その後、町田宗夫・住職は１９８４年にナイロビで開催された第４回世界宗教者平和会議で発言を撤回・謝罪。そして、町田宗夫・住職は県内外でさまざまな機会をとらえ部落解放を宗教者として訴え続けた。</p>
<p><strong>◆同宗連の結成へ</p>
<p></strong>　また、宗教界では「深き反省のうえに、教えの根源にたちかえり、同和問題解決へのとりくみなくしては、もはや日本における宗教者たりえない」との基本精神と決意のもとに、１９８１年６月２９日に京都の真宗大谷派会議場で同和問題に取り組む宗教者連帯会議が５５教団・三連合体の参加により結成される。</p>
<p>山口県では１９８７年７月２８日に山口市・県スポーツ文化センターで１２教団・宗派から約３００人が集まり山口県同和問題に取り組む宗教教団会議（山口同宗連）が結成され、議長には桑原範雄（浄土真宗本願寺派）が選出された。</p>
<p><strong>◆解放同盟の支部が結成</p>
<p></strong>　この間、部落解放同盟県連は１９８０年の定期大会以後の１年間に新南陽市支部と防府支部を結成、１９８３年に光支部再建・岩国支部結成、１９８６年に柳井支部を結成する。</p>
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		<title>第１４話　県共闘結成と「部落地名総鑑」事件</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Dec 2013 23:53:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[
◆日本共産党との対立
一九六九年三月に大阪市内で起きた矢田教育差別事件、一九七〇年の差別を助長する映画『橋のない川（第二部）』（監督・今井正）問題や、同和対策事業並びに同和教育の進め方をめぐり理論的な対立を深めていた部落解放同盟と日本共産党が、一九七四月一一月に兵庫県で起きた八鹿高校差別教育事件の対応をめぐり全面的に対立することになる。
同時期、部落解放同盟から一九六九年一〇月に分裂した部落解放同盟正常化委員会は同年一一月には機関紙『解放の道』を創刊し、さらに一九七〇年六月に部落解放同盟正常化全国連絡会議を結成。
そして、一九七六年三月に全国部落解放運動連合会に改組。また、一九七五年九月には国民融合をめざす部落問題全国会議を結成。これらの団体の友誼団体は日本共産党である。
一方、部落解放同盟県連は、一九七五年七月六日には山口市湯田婦人会館で第二四回大会を二〇〇名の参加で開催し、委員長に菊本文男、副委員長に中野正・岩田利平・宮川末広、書記長に松浦憲二を選出し活動を展開していた。
その後、副委員長の交代はあるが菊本委員長と松浦書記長のコンビは一九九〇年六月まで続く。
◆部落解放山口県共闘会議の結成
そして、一九七七年一一月一九日には山口市内で部落解放同盟県連と県評（一五単産）が結集して部落解放山口県共闘会議を結成し山本進を初代議長に選出する。
また、全日本同和会では一九七八年六月二〇日に開催された第一九回定期大会で、会長の柳井政雄（山口）が引退し松尾正信（福岡）が会長となる。
さて、以上の団体の動向と同時期に、部落解放同盟は続発していた企業による就職差別を許さないために学校・行政と協力して「統一応募用紙」を作成していく。
さらに、結婚や就職をめぐり「戸籍」や寺院の「過去帳」が部落差別に利用されている事件に対して取り組みを実施し、一九七六年には不十分であるが戸籍法の一部改正を実現する。
◆部落地名総鑑事件
こうした最中、一九七五年一二月に極めて悪質な差別図書『人事極秘　部落地名総鑑』の存在が明らかになり、同じような図書が一九七八年一一月までに九種類〔購入社・者は二二〇を超えている〕あることが判明する。
三番目に発覚した第三の部落地名総鑑といわれる『全国特殊部落リスト』は一九七六年一一月二八日に存在が判明、山口県では宇部興産が購入していた。これらの図書は、被差別部落の地名などを一覧表にしたもので購入した企業が身元調査に利用し就職差別をしていた事件である。
部落解放同盟県連は宇部興産と四回の会合を開催。この事件を契機に宇部興産が中心となり、宇部市と小野田市で企業同和教育連絡会が結成された。
隣県である広島県では広島銀行・中川製袋化工・中国電力・東洋工業が差別図書『部落地名総鑑』を購入していた。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/ubeousann41.jpg" title="ubeousann41.jpg"><img src="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/ubeousann41.jpg" alt="ubeousann41.jpg" /></a></strong></p>
<p><strong>◆日本共産党との対立</strong><br />
一九六九年三月に大阪市内で起きた矢田教育差別事件、一九七〇年の差別を助長する映画『橋のない川（第二部）』（監督・今井正）問題や、同和対策事業並びに同和教育の進め方をめぐり理論的な対立を深めていた部落解放同盟と日本共産党が、一九七四月一一月に兵庫県で起きた八鹿高校差別教育事件の対応をめぐり全面的に対立することになる。</p>
<p>同時期、部落解放同盟から一九六九年一〇月に分裂した部落解放同盟正常化委員会は同年一一月には機関紙『解放の道』を創刊し、さらに一九七〇年六月に部落解放同盟正常化全国連絡会議を結成。</p>
<p>そして、一九七六年三月に全国部落解放運動連合会に改組。また、一九七五年九月には国民融合をめざす部落問題全国会議を結成。これらの団体の友誼団体は日本共産党である。</p>
<p>一方、部落解放同盟県連は、一九七五年七月六日には山口市湯田婦人会館で第二四回大会を二〇〇名の参加で開催し、委員長に菊本文男、副委員長に中野正・岩田利平・宮川末広、書記長に松浦憲二を選出し活動を展開していた。</p>
<p>その後、副委員長の交代はあるが菊本委員長と松浦書記長のコンビは一九九〇年六月まで続く。</p>
<p><strong>◆部落解放山口県共闘会議の結成</strong><br />
そして、一九七七年一一月一九日には山口市内で部落解放同盟県連と県評（一五単産）が結集して部落解放山口県共闘会議を結成し山本進を初代議長に選出する。</p>
<p>また、全日本同和会では一九七八年六月二〇日に開催された第一九回定期大会で、会長の柳井政雄（山口）が引退し松尾正信（福岡）が会長となる。</p>
<p>さて、以上の団体の動向と同時期に、部落解放同盟は続発していた企業による就職差別を許さないために学校・行政と協力して「統一応募用紙」を作成していく。</p>
<p>さらに、結婚や就職をめぐり「戸籍」や寺院の「過去帳」が部落差別に利用されている事件に対して取り組みを実施し、一九七六年には不十分であるが戸籍法の一部改正を実現する。</p>
<p><strong>◆部落地名総鑑事件</strong><br />
こうした最中、一九七五年一二月に極めて悪質な差別図書『人事極秘　部落地名総鑑』の存在が明らかになり、同じような図書が一九七八年一一月までに九種類〔購入社・者は二二〇を超えている〕あることが判明する。</p>
<p>三番目に発覚した第三の部落地名総鑑といわれる『全国特殊部落リスト』は一九七六年一一月二八日に存在が判明、山口県では宇部興産が購入していた。これらの図書は、被差別部落の地名などを一覧表にしたもので購入した企業が身元調査に利用し就職差別をしていた事件である。</p>
<p>部落解放同盟県連は宇部興産と四回の会合を開催。この事件を契機に宇部興産が中心となり、宇部市と小野田市で企業同和教育連絡会が結成された。</p>
<p>隣県である広島県では広島銀行・中川製袋化工・中国電力・東洋工業が差別図書『部落地名総鑑』を購入していた。</p>
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		<title>第１３話　「特別措置法」具体化と狭山差別糾弾闘争</title>
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		<pubDate>Sat, 30 Nov 2013 03:50:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[■同和対策事業特別措置法
一九六九年七月に国会で同和対策事業特別措置法が制定され、山口県内でも同和対策事業の実施が本格化していく。
山口県では具体的な施策の実施に向けては一九七一年に「同和対策を計画的に推進するための基本的方策」（部対審答申）を、続いて一九七三年の「同和対策の部門別具体的方策」（部対審建議）を踏まえて同年「同和対策基本計画」を策定した。
教育分野では一九七〇年に第三次「山口県同和教育の方針」が策定され、二四年後の一九九四年には第四次「山口県同和教育の方針」が策定されている。
担当部署は一九七〇年には社会教育課同和教育係、一九七二年からは独立して同和教育振興室、翌年一九七三年から同和教育課となった。
事業の拡大とともに行政機構も整備され、山口県として同和対策推進強調旬間や同和対策推進大会を開催、ポスターなども作成。
■「同対審」答申をめぐり対立
一方、一九六五年以後に部落解放同盟内部では同和対策審議会答申の評価をめぐる理論的・組織的対立が鮮明となり、そうした中で、一九六九年一〇月一五日に山本利平（当時六五歳、山口県連書記長・中央委員／県会議員）が部落解放同盟中央統制委員会から除名され、山本らはその後、部落解放同盟正常化全国連絡会議（正常化連）へ参加していく。
■県連の再建大会
こうした状況のなかで、一九六九年一二月一六日には県連再建のため第一八回大会が山口市内で開催され、新役員に委員長・松橋武男、書記長・松浦憲二などを選出。一九七一年四月には山口市会議員選挙で県連書記長の松浦憲二が初当選。国政では、一九七二年七月に山口県出身の佐藤栄作から新潟県出身の田中角栄に内閣総理大臣が交代する。
続いて一九七二年一二月三日に山口市内で開催された県連第二一回大会では、県行政に対して「地区整備、部落解放のための教育の促進、『二つの部落解放同盟盟』の陰謀に加担しないこと」などを要望することを決める。
■テレビ山口・ニセ書記長出演　しかし、翌年の一九七三年九月一日にテレビ山口が放送した「県民の広場」という番組の中で、テレビ山口の吉田業務部長が「正常化連」の村崎勝利を「部落解放同盟山口県連合会書記長」との扱いで対談するという問題が起こった。九月二日に県連が「抗議と申し入れ」を行ない再放送は中止となり、テレビ山口は混乱を与える性格のものであったと認めた。
■狭山差別裁判糾弾闘争
同時期、部落解放同盟は一九六九年の全国大会で一九六三年に埼玉県で起きた狭山事件に対して、「狭山事件の公正な裁判と無実の石川青年を即時釈放することを要求することの決議」をし、一九七〇年からは狭山差別裁判糾弾闘争を全国で取り組む。
そして、一九七四年九月には東京の日比谷公園で一一万人集会を開催し労働組合などとの共同闘争が前進するが、一〇月三一日に東京高裁は被告・石川一雄に無期懲役という不当な判決を出した。


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			<content:encoded><![CDATA[<p>■同和対策事業特別措置法<br />
一九六九年七月に国会で同和対策事業特別措置法が制定され、山口県内でも同和対策事業の実施が本格化していく。<br />
山口県では具体的な施策の実施に向けては一九七一年に「同和対策を計画的に推進するための基本的方策」（部対審答申）を、続いて一九七三年の「同和対策の部門別具体的方策」（部対審建議）を踏まえて同年「同和対策基本計画」を策定した。<br />
教育分野では一九七〇年に第三次「山口県同和教育の方針」が策定され、二四年後の一九九四年には第四次「山口県同和教育の方針」が策定されている。<br />
担当部署は一九七〇年には社会教育課同和教育係、一九七二年からは独立して同和教育振興室、翌年一九七三年から同和教育課となった。<br />
事業の拡大とともに行政機構も整備され、山口県として同和対策推進強調旬間や同和対策推進大会を開催、ポスターなども作成。</p>
<p>■「同対審」答申をめぐり対立<br />
一方、一九六五年以後に部落解放同盟内部では同和対策審議会答申の評価をめぐる理論的・組織的対立が鮮明となり、そうした中で、一九六九年一〇月一五日に山本利平（当時六五歳、山口県連書記長・中央委員／県会議員）が部落解放同盟中央統制委員会から除名され、山本らはその後、部落解放同盟正常化全国連絡会議（正常化連）へ参加していく。</p>
<p>■県連の再建大会<br />
こうした状況のなかで、一九六九年一二月一六日には県連再建のため第一八回大会が山口市内で開催され、新役員に委員長・松橋武男、書記長・松浦憲二などを選出。一九七一年四月には山口市会議員選挙で県連書記長の松浦憲二が初当選。国政では、一九七二年七月に山口県出身の佐藤栄作から新潟県出身の田中角栄に内閣総理大臣が交代する。<br />
続いて一九七二年一二月三日に山口市内で開催された県連第二一回大会では、県行政に対して「地区整備、部落解放のための教育の促進、『二つの部落解放同盟盟』の陰謀に加担しないこと」などを要望することを決める。</p>
<p>■テレビ山口・ニセ書記長出演　しかし、翌年の一九七三年九月一日にテレビ山口が放送した「県民の広場」という番組の中で、テレビ山口の吉田業務部長が「正常化連」の村崎勝利を「部落解放同盟山口県連合会書記長」との扱いで対談するという問題が起こった。九月二日に県連が「抗議と申し入れ」を行ない再放送は中止となり、テレビ山口は混乱を与える性格のものであったと認めた。</p>
<p>■狭山差別裁判糾弾闘争<br />
同時期、部落解放同盟は一九六九年の全国大会で一九六三年に埼玉県で起きた狭山事件に対して、「狭山事件の公正な裁判と無実の石川青年を即時釈放することを要求することの決議」をし、一九七〇年からは狭山差別裁判糾弾闘争を全国で取り組む。<br />
そして、一九七四年九月には東京の日比谷公園で一一万人集会を開催し労働組合などとの共同闘争が前進するが、一〇月三一日に東京高裁は被告・石川一雄に無期懲役という不当な判決を出した。<br />
<a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/douwatisaku-gekkann2.jpg" title="douwatisaku-gekkann2.jpg"><img src="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/douwatisaku-gekkann2.jpg" alt="douwatisaku-gekkann2.jpg" /></a></p>
<p><a href="http://y-kaihou.jp/wpmu/lecture/files/douwatisaku-gekkann.jpg" title="douwatisaku-gekkann.jpg"></a></p>
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		<title>第１２話　「同和対策審議会」答申　完全実施要求</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 02:12:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[ 
◆内閣「同和対策審議会」答申
一九六五年八月一一日、内閣総理大臣・佐藤栄作に対して同和対策審議会（会長・木村忠二郎）は「昭和三六年一二月七日総審第一九四号をもって、諮問のあった「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について審議した結果、別紙の通り答申する」とした。
答申の前文には「その早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題であるとの認識に立って対策の探求に努力した」と記した。
答申には、環境部会・産業職業部会・教育部会・調査部会の報告が附属されている。全国一六ヶ所の「地区精密調査」の中に、防府市内の被差別部落の一つが対象（一一四世帯）になっている。
また、被差別当事者としての審議会委員には全日本同和会会長の柳井政雄（山口）、部落解放同盟常任中央委員の北原泰作（岐阜）が参加していた。専門委員も当事者から選出された。
答申以後、全国で同和行政をめぐり施策が具体化されていく。つまり、全国の被差別部落で高度経済成長のもとに同和対策事業は公共事業として実施されはじめる。
◆「同対審」答申 国民大行進
一九六六年八月一一日から九月一二日まで「同対審」答申完全実施要求国民大行進が九州から東京まで行われ、山口県連から松浦憲二が隊員として参加した。行進隊は八月一五日に下関市に到着し、山口市で県民総決起集会を開催。そして山口市周辺の被差別部落に入り活動。一六日には光市に泊り、一七日には広島県に入った。
翌年、一九六七年四月には県連書記長の山本利平（下関市）が県会議員に初当選した。その後、一九七九年四月（三期／一二年間）まで、日本共産党公認の県会議員として活動する。
◆県職員ハワイ差別事件
さらに、県連は一九六七年一〇月二日に県庁労働民生部長室で県知事交渉を行なった。
県連から約五〇名が参加し、県当局からは橋本知事、倉重労働民生部長、古谷同和対策室長らが出席。交渉では防府市議会議長差別事件やハワイにおける差別事件（知事がハワイに公務で訪れた時に、随行職員が県人会会長に招待客のＡが部落出身であることを話したことによりＡが継続して脅迫などの差別をされた事件）などを追及。
しかし、責任ある回答はなく時間になると知事は一方的に退席した。そこで議会中であった議場を封鎖する座り込みを決行。その結果、橋本知事は再交渉を一六日に行う約束をする。一〇月三日、山本利平議員は県会本会議でハワイ事件を中心に県当局を追及した。
山口県では一九六七年に同和行政の担当部署を係から労働民生部同和対策室にした後、一九七三年からは民生部同和対策課とした。
一九六八年一二月一日には山口市商工会議所で解放同盟山口県連第一七回定期大会が開催され、代議員七〇名が参加。委員長に金本謙次、書記長に山本利平、書記次長に村崎勝利などを選出する。
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			<content:encoded><![CDATA[<p><strong> </strong></p>
<p><strong>◆内閣「同和対策審議会」答申</strong><br />
一九六五年八月一一日、内閣総理大臣・佐藤栄作に対して同和対策審議会（会長・木村忠二郎）は「昭和三六年一二月七日総審第一九四号をもって、諮問のあった「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について審議した結果、別紙の通り答申する」とした。</p>
<p>答申の前文には「その早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題であるとの認識に立って対策の探求に努力した」と記した。</p>
<p>答申には、環境部会・産業職業部会・教育部会・調査部会の報告が附属されている。全国一六ヶ所の「地区精密調査」の中に、防府市内の被差別部落の一つが対象（一一四世帯）になっている。</p>
<p>また、被差別当事者としての審議会委員には全日本同和会会長の柳井政雄（山口）、部落解放同盟常任中央委員の北原泰作（岐阜）が参加していた。専門委員も当事者から選出された。</p>
<p>答申以後、全国で同和行政をめぐり施策が具体化されていく。つまり、全国の被差別部落で高度経済成長のもとに同和対策事業は公共事業として実施されはじめる。</p>
<p><strong>◆「同対審」答申 国民大行進</strong><br />
一九六六年八月一一日から九月一二日まで「同対審」答申完全実施要求国民大行進が九州から東京まで行われ、山口県連から松浦憲二が隊員として参加した。行進隊は八月一五日に下関市に到着し、山口市で県民総決起集会を開催。そして山口市周辺の被差別部落に入り活動。一六日には光市に泊り、一七日には広島県に入った。</p>
<p>翌年、一九六七年四月には県連書記長の山本利平（下関市）が県会議員に初当選した。その後、一九七九年四月（三期／一二年間）まで、日本共産党公認の県会議員として活動する。</p>
<p><strong>◆県職員ハワイ差別事件</strong><br />
さらに、県連は一九六七年一〇月二日に県庁労働民生部長室で県知事交渉を行なった。</p>
<p>県連から約五〇名が参加し、県当局からは橋本知事、倉重労働民生部長、古谷同和対策室長らが出席。交渉では防府市議会議長差別事件やハワイにおける差別事件（知事がハワイに公務で訪れた時に、随行職員が県人会会長に招待客のＡが部落出身であることを話したことによりＡが継続して脅迫などの差別をされた事件）などを追及。</p>
<p>しかし、責任ある回答はなく時間になると知事は一方的に退席した。そこで議会中であった議場を封鎖する座り込みを決行。その結果、橋本知事は再交渉を一六日に行う約束をする。一〇月三日、山本利平議員は県会本会議でハワイ事件を中心に県当局を追及した。</p>
<p>山口県では一九六七年に同和行政の担当部署を係から労働民生部同和対策室にした後、一九七三年からは民生部同和対策課とした。</p>
<p>一九六八年一二月一日には山口市商工会議所で解放同盟山口県連第一七回定期大会が開催され、代議員七〇名が参加。委員長に金本謙次、書記長に山本利平、書記次長に村崎勝利などを選出する。</p>
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